地域公社が推進する公民連携のまちづくり 茨城県境町の成功事例、全国展開が進行中

地域公社が推進する公民連携のまちづくり 茨城県境町の成功事例、全国展開が進行中

UPDATE:2024.8.1

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関東平野のちょうど中央に位置する茨城県境町は、利根川の恵みに育まれた“河岸の町”です。境町では約2万4000人が暮らしており、近年ではふるさと納税制度の活用をきっかけとして地域の活性化が進展しています。この成功事例は「境町モデル」と呼ばれ、日本全国から注目を集めるようになりました。

ふるさと納税制度の活用において中心的な役割を担っているのが、株式会社さかいまちづくり公社です。境町と道の駅さかい従業員会のそれぞれから出資を受けて、2016年に設立されました。

2024年6月に開催された「BIPROGY FORUM 2024」では、さかいまちづくり公社の代表取締役を務める野口富太郎さんに「境町モデル」のエッセンスを講演していただきました。野口さんは、さかいまちづくり公社の立ち上げから関わってきた人物で、日本茶の製造販売会社を境町で手がける5代目経営者でもあります。

この講演で、プレゼンターを務めたのはBIPROGYの竹内良輔です。竹内は事業開発本部事業推進二部でプロジェクト長を務めており、地域創生の領域を主に担当しています。

野口富太郎(のぐちとみたろう)

株式会社さかいまちづくり公社・代表取締役

一般社団法人全国地域ビジネス協会・代表理事。株式会社野口徳太郎商店・代表取締役、境町観光協会・会長

150年続く老舗茶舗代表としてお茶の新しい可能性の追求。また、地域貢献のためにさかいまちづくり公社を創業、社長に就任。道の駅さかい運営から、境町における観光事業をはじめ、ふるさと納税の推進等を大胆に改革し、新たなビジネスモデル構築や町全体の活性化を推し進めている。

竹内良輔

BIPROGY株式会社・事業開発本部事業推進⼆部プロジェクト長

BIPROGYにて、20年以上にわたって新規事業開発に従事。2018年より地域創生領域を担当し、長野県の公民連携事業である(一社)長野ITコラボレーションプラットフォーム(通称NICOLLAP)の立ち上げに携わったほか、全国各地のスマートモビリティチャレンジ(日本版MaaS事業創出)の支援に関わっている。

BIPROGYとさかいまちづくり公社の出会い

BIPROGYは様々なサービスやノウハウをデジタルの力でつなぎ合わせることで、社会の共有財となる「デジタルコモンズ」の創造に取り組んできました。このような流れの中で、新たな収益基盤の確立に取り組んでいる部署が事業開発本部です。

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竹内 BIPROGYは、 “志”を共にするお客様やパートナーといっしょに、地域創生に取り組みます。 これまで取り組んできたプロジェクトは多種多様ですが、私自身は長きにわたって地域アプリ事業に関わってきました。住民や観光客の行動や消費をデジタルの力で後押しすることで、地域経済の活性化につながると考えています。地域アプリ事業においても、各プレイヤーの強みやアセットを持ち寄る形でプロジェクトを組成してきました。特定の自治体や民間企業だけが主体になるわけではありません。

BIPROGY事業開発本部事業推進二部の竹内良輔

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BIPROGYの事業開発本部は、日本各地で様々な実証実験を進めているところです。この実証実験では、地域DXの持続可能性を確立するため、ビジネスモデルの開発に挑んできました。地域アプリの活用により、広告、MaaS、データの利活用、地域振興券などの受託事業など模索してきたビジネスモデルは多岐にわたります。

しかし、ビジネスモデルの収益性を持続可能なレベルに高めるためには、長期的なグロースの視点が欠かせません。このため、短期的な実証実験の繰り返しでは社会実装が進まない点に課題を感じていたと竹内は言います。

竹内 これまで補助金に依存しがちだった地域DX事業を力強く推進していくため、私たちはアプローチを変えました。民間主導で地域が「稼ぐ事業」を立ち上げ、そこで稼いだ財源を公共性の高い地域DX事業に還元していく。そして地域DXによって確立したデータ基盤で地域の「稼ぐ力」をさらに強化していく——このような両輪が回るエコシステムの共創を目指しています。

新たなアプローチの実践にあたって、先行事例としてベンチマークしたのが境町です。境町では、公民共同出資によるまちづくり会社を立ち上げ、ふるさと納税の強化を通して干し芋産業などの「稼ぐ事業」を確立し、集まった寄付金や生まれた収益を地域課題解決に向けて再投資しています。境町は公民連携によるエコシステムで顕著な実績を残しており、私たちもそのエッセンスを学びたいと考えました。

ふるさと納税制度で発展を遂げる境町

さかいまちづくり公社が設立される以前、境町の財政は厳しい状況に置かれていました。また、境町の人口は転入数を転出数が長期間にわたって上回っており、いわゆる「社会減」の問題に直面。これらの状況を打開する一手として設立されたのが、さかいまちづくり公社でした。

地域の課題解決に取り組むうえで「日本や海外の成功事例を視察することから始めました」と、さかいまちづくり公社の代表取締役である野口さんは振り返ります。

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野口 町長や町会議員の方々など町づくりの仲間みんなで視察に行くうちに、地域外から収益を呼び込むことの大切さについて共通認識が生まれました。このような経緯から “外貨”を稼ぐための施設を充実させていくことにしたのです。

沖縄県のアンテナショップ、地元産品を使ったレストランやサンドイッチ専門店など、視察で得られた知見を生かして様々な商業施設をこれまでに作ってきました。一方で、現在注力しているのは干し芋の生産拠点「S-Lab」の拡充です。最近、干し芋の第二工場であるS-Lab 3rdが完成しました。

さかいまちづくり公社・代表取締役の野口富太郎さん

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境町で作られた干し芋は、ふるさと納税の人気商品として知られています。この干し芋の人気が功を奏した結果、2016年から2022年の6年にわたって境町のふるさと納税額は関東1位を獲得。ふるさと納税の返礼品に干し芋を出品するアイデアは、野口さんの提案がきっかけでした。

なお、最初のS-Labの建設費は約2億円でした。このうち、約70〜75%は国の資金を活用しているので、境町の持ち出しは約5000万円です。一方、ふるさと納税で境町が得られた寄付金額は、S-Labが稼働を始めたばかりの2019年の干し芋の納税額は約1,300万円でしたが、2020年に約11,000万円まで伸びました。その結果、約半分650万円、5,500万円が境町の手取りとなります。つまり、S-Labの稼働開始から2年目で初期費用を回収できたとのことです。

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野口 S-Lab 3rdを作る前から、ふるさと納税の返礼品として境町の干し芋が大人気で、需要に生産が追いつきません。そこで、町の投資により干し芋の生産拠点を建設してもらうことにしたのです。

S-Lab 3rdの稼働が始まってからは干し芋の生産量が底上げされています。このため返礼品の需要に対して、しっかり供給できるようになりました。

S-Lab 3rdの建設費は国の補助金や地方創生交付金、そしてふるさと納税で得た資金を活用しています。つまり、町の一般財源に手を付けずに、生産拠点を拡充してきました。つまり、町の財政再建と「稼ぐ力」の強化を同時に進められたのです。

資金調達にふるさと納税制度を活用するには、自治体との連携が欠かせません。さかいまちづくり公社は、返礼品を生産する一方で、得られた収益を町に再投資しています。自治体と民間の連携から好循環が生まれました。

干し芋の生産拠点「S-Lab」。最近完成した冷凍加工場は2024年10月から稼働開始の予定です

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境町のふるさと納税額は、2023年には約95億円に到達。さらに、さかいまちづくり公社は増収増益を着実に継続しており、S-Labの賃貸料を境町に支払うことでも町の財政再建に貢献しています。

この結果、境町の財政規模に対する負債の割合(将来負担比率)は、2018年の時点で136.6%でしたが、2023年には51.6%にまで縮小しました。一方で、自治体の「貯金」に相当する様々な基金総額も右肩上がりで増えています。

町の財政が大きく改善した結果、地域の魅力の充実化が進展していると野口さんは言います。境町の人口減少は下げ止まりの兆しを見せており、現在では年間の転入数が転出数を上回るようになりました。

「境町モデル」のエッセンス

野口 境町モデルのポイントのひとつは、先に売り場を作ってから商品開発を進めた点にあります。私たちの場合、境町のふるさと納税市場と、私が駅長を務めている「道の駅さかい」が商品の売り場です。

つまり、売り場を作ってから商品開発を進めるので「商品はできたけどニーズがない」といった問題が起きません。この仕組みを私たちは「逆六次産業化」と名付けました。干し芋の商品化は一種の六次産業プロジェクトと言えますが、一般的な方法の逆順で進めてきたわけです。

消費者向けの市場は人口減少にともなってどんどん萎んでいると思います。だからこそ、自分たちで市場を作ることが重要です。特に、ふるさと納税の返礼品をはじめとする自治体向けの市場にはこれから広がる余地が残されています。

また、ふるさと納税制度がなくなったときも自立運営を維持するために、ビジネスモデルの強化を同時並行で進めています。そのため、ふるさと納税で得た資金を、境町とさかいまちづくり公社が境町に再投資するビジネスモデルとなっています。

さかいまちづくり公社による“再投資”で境町に作られた施設

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境町では地域で生産されたサツマイモを返礼品の干し芋に活用しています。干し芋が返礼品として定番化したことで、境町の農業に新たな活力が生まれました。

かつて葉タバコ栽培が盛んだった境町ですが、タバコ市場の縮小にともなって耕作放棄地が増加。一方で、農業の継続を望む生産者は葉タバコに代わる作物を模索していました。

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野口 さかいまちづくり公社は境町の発展に投資している会社です。干し芋を作るだけの会社ではありません。

まず、葉タバコに代わる作物としてサツマイモの栽培が活性化しています。次に、サツマイモを原料とする商品が、干し芋の他にもスイーツやジャムなど続々と生まれました。また、干し芋をウリにしたカフェの2店舗目を東京都の丸井北千住店に出店を果たしたところです。最近では、干し芋を製造するときに生じる残渣をバターや飼料に活用することでサツマイモの有効活用を進めています。

つまり、「干し芋づくり」の土台から新たな産業が生まれているのです。結果として、境町の雇用拡大につながっており、全国的な注目を集めるようになりました。現在では、年間200件以上の視察を受け入れています。

ふるさと納税制度の活用をきっかけとして境町では新しい産業が生まれました

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視察を受け入れる中でふるさと納税の活用を進めるうえでの3つの課題が様々な地域に共通していることがわかったと野口さんは言います。

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野口 1つめの課題が、ふるさと納税の活用にともなう事務作業の“丸投げ”です。地域外の大手企業に事務を委託している地域が少なくありません。これでは、寄付金の大部分が地域外に流出してしまいます。

2つめが、返礼品として出品する地域産品の不在です。この課題を解決するために様々な地域が商品開発を進めています。しかし、アイデアや原料があっても加工施設がないので、商品開発が止まってしまうことに悩んでいる方が大勢いるとわかりました。

3つめが、流通・販売を熟知した人材の不在。これは商品開発が上手くいったあとに顕在化する課題です。流通・販売を的確にオペレーションできないと、タイムリーな在庫配分ができないなどの理由で“売り逃し”が生じがちです。

これらの課題について、さかいまちづくり公社は解決策を持っているのです。

まず、境町ではふるさと納税の事務を、さかいまちづくり公社が担っているので寄付金の地域外流出を抑えられます。次に、加工施設の課題は町との連携を強めることで生産拠点を建設できました。そして、人材の不在は解決が難しいと思いますが、さかいまちづくり公社では「良い人材はいませんか?」とあちこちで訊ねて回ることで、人材の確保につなげています。

地域の「稼ぐ力」デジタルの力で高める

野口 境町はふるさと納税制度の活用をきっかけに、かつての活力を取り戻しました。この事例を日本全国に広めていきたいと考えています。地域から変わっていくことが、日本を元気にするための道筋だからです。

このような考えを実践するため、2022年に立ち上げたのが全国地域ビジネス協会です。2023年からは、地域公社づくりのプロを育成するために「境まちづくり大学院」を全国地域ビジネス協会の主催でスタートしました。

「境まちづくり大学院」ではBIPROGYの社員も学びました

竹内 BIPROGYも境町の成功事例を全国に広めるお手伝いをしたいと考えています。そこで、BIPROGYの社員4名が境まちづくり大学院の第1期生としてカリキュラムを修了済みです。境町モデルのベースとなる知識を吸収できただけでなく、現地を訪れることで境町を支える人たちの活力やスピード感に触れられました。

野口 地域公社事業を要とする境町モデルに、今日は多くの方に関心を持っていただけたことと思います。もし、地域公社事業の立ち上げに向けて何から始めたら良いかわからない場合、まずは境町を訪れることから着手してみてはいかがでしょうか。境町では視察の受入を積極的に進めています。やはり、境町モデルについて知っていただくためには、境町に来ていただくことが一番ですからね。

それから、人材確保の課題に悩んでいる方は本当に多いです。この課題の解決に、人材育成機関である境まちづくり大学院が貢献できると考えています。

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BIPROGYでは、長野県白馬村において「チャレンジ白馬」と名付けられた公民連携の地域課題解決事業に取り組んでいます。2023年には、白馬地域の観光や交通の課題解決に対応する地域アプリ「HAKUBA DO」をリリースしました。

観光シーズンに利用できるこのアプリは、夜間のデマンドタクシーや飲食店の予約が可能です。BIPROGYのMaaSアプリパッケージ「L-PASS」をベースに開発されました。

持続可能な事業としてチャレンジ白馬を社会実装するためには、境町モデルのような「稼ぐ事業」必須です。このため、白馬村でも地域公社事業の検討を進めています。

長野県白馬村で進行中のプロジェクト

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竹内 BIPROGYが考える地域エコシステムの一つの形として、地域公社事業を推進していきます。長野県白馬村のほかにも各地で地域公社事業の宣伝や協議を始めており、全国地域ビジネス協会と連携しながら全国に広げていきたいと考えています。

すでに、多くの地域が地域公社事業に関心を示しており、全国地域ビジネス協会が伴走支援や人材育成のサービスを提供しています。これらのサービスも生成AIなど最新のテクノロジーを組み合わせて高度化できますし、ふるさと納税のデータ分析、寄付サイトの再構築など、さまざまな場面でBIPROGYが有するDXのケイパビリティーを活かせると考えています。

さらに、BIPROGYの最大の強みは企業ネットワークにあります。これを活かして、様々なプレーヤーをエコシステムの共創に巻き込んでいきたいと考えています。

野口 数多くの地銀との関係を持っているというのが、BIPROGYへの私の印象です。地域創生を進めるうえで地銀の力は欠かせません。そのほかにも、企業ネットワークが本当に幅広いと「BIPROGY FORUM2024」を訪れてわかりました。本当にびっくりです。

竹内 さかいまちづくり公社、全国地域ビジネス協会との連携による地域公社支援事業を、BIPROGYのお客様やパートナー様と一体になって全国で取り組んでいきます。活動実績については情報発信を継続的に実施しているので、今後もどうぞご期待ください。

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